吾妻山と鷹山の湯治

 上杉家御年譜10巻135頁に,寛政2年6月29日,高湯ご入湯につき卯の半刻ご出殿,巳の半刻湯元へ御着との記事がある。鷹山が高湯に行ったのである。 高湯は今の白布温泉である。7月1日,3軒の湯元の地元民に酒を下し,2日,温泉源や大瀧を遊覧,4日,川上の滝,大日巌の遊覧,6日,帰る, とある。
 この高湯湯治について,鷹山の漢文日記がある。「遊高泉記」という。南亭余韻4巻に収録されている。
 高泉(高湯)の東屋惣左衛門に泊まったとある。今の白布温泉・東屋旅館だが,20年ほど前に延焼し昔の建物はない。
  「遊高泉記」に,「吾妻の西大巓の道也」と書かれている登山道がある。百名山の吾妻山は,吾妻連峰最高峰の西吾妻山だが, 西吾妻山の西に「西大巓」がある。米沢の人でも「西大巓」を知らない人も多い。
 現在,白布温泉から西大巓に登るのは,若女平を経由して西吾妻小屋から西大巓に行く。鷹山が言う「西大巓の道」が この若女平コースを指すのかは定かでないが,米沢側からの登山道の存在を明示する文書は珍しい。    


例会などの案内

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   例会・場所は置賜総合文化センター
     2019年6月の例会です
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 ★6月15日(土)13時30分 1部例会
   国政談 p76 うしろ3行目~
   文の燈 ④11行目~
   増補旅使奏訓 p5~(p3,4省略)

 ★6月22日(土)13時30分 2部例会
   御代々式目 p637 1行目から
   井蛙鄙談  p27 4行目から



   入門講座をします。7月20日,27日,8月10日各土曜日です。

 今年は上杉鷹山初入部250周年です。
 その関係の教材で入門講座を実施します。
 7月20日,27日は例会の日ですが,通常の例会の教材はお休みにして入門講座の教材を会員も読みます。




  「飯粮集」を読む

 「飯粮集」は,天明3年,米沢藩で編纂した救荒書だ。天三の飢饉と言われる天明3年の大飢饉に直面し,藩医を動員して食べられる野草などの解説書を作成した。  当時の藩主は上杉鷹山,鷹山は2年後の天明5年に隠居する。  「飯粮集」の20年後に,米沢藩では版木出版で「かてもの」を出している。「飯粮」も「かてもの」も同じ意味だ。
 この「飯粮集」は写本しか存在せず,必ずしも読みやすい筆跡ではないが,変体仮名が多く使用されているので古文書の勉強になる。  「『飯粮集』を読む」は,右ページに解読,左ページに原文を配置し,古文書の初心者の勉強に配慮した編集だ。  直接に飢饉による被害を記述した部分は少ないが,山菜の利用法は「ゆでさわし」が多く,天ぷらも塩漬けも困難な江戸時代の状況がしのばれる。
 1冊1000円,書店での販売はなく,21-2322高橋まで。




      [米沢古文書研究会の会費など]

会費 年3600円(他に教材費必要)
1部例会 毎月第三土曜日
   教材は,国政談(竹俣当綱)と増補旅使奏訓
2部例会 第四土曜日
   教材は,御代々式目と井蛙鄙談(せいあひだん)
原則として会場は,米沢市の置賜総合文化センター
(例会は8月は休み)
連絡先 岡崎(Tel 0238-23-0948)


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